分断から37年、キプロスと未承認国家北キプロス

今日、11月15日は38年前に北キプロス・トルコ共和国が独立を宣言した日だ。
北キプロスとは、地中海東部、トルコとエジプトの間に海を隔てて存在しているキプロス島の北部に位置する国家だが、

皆さんはこの「北キプロス」の名を聞いたことがあるだろうか?おそらく、聞いたことが無いという人や、「キプロス」であれば知っているという人がほとんどだろう。それも当然である。実は「北キプロス」という国は世界地図には載っていない。いわゆる未承認国家なのだ。地図上では通常、キプロスの島全体で「キプロス共和国」として扱われる事がほとんどだが、実際は北部に違う政府が存在している。

ではなぜ、40年ほど前に突如としてこんな国が現れたのだろうか。そして北キプロスは何故、国家として承認されていないのだろうか。詳しく解説していく。

北キプロスは実質トルコの傀儡


元々このキプロスには、ギリシャ系の民族とトルコ系の民族が入り乱れて住んでいたが、人口的にはギリシャ系の民族が多数を占めていた。そのため第二次世界大戦後、当時はイギリスの植民地下にあったキプロスにおいても、同じ民族であるギリシャへの併合を求める声がギリシャ系の民族の間でかなりあった。
そんな中で1960年、キプロスはイギリス軍が駐留することを条件にイギリスの植民地から独立し、「キプロス共和国」となる。当時は島全体に統治が及んでいたが、ギリシャ系とトルコ系が入り乱れる事による対立も生まれており、
ギリシャとキプロスの合併を支持するギリシャ系

合併に反対するトルコ系
の二つが主に対立していたが、何とか両民族の権利を平等にし、バランスを保っていた。
そして1974年、「ギリシャとキプロスの合併を支持するギリシャ系」の過激派団体がギリシャ政府と組んでクーデターを起こし、ギリシャ系の権力を拡大させようとした。このクーデターは成功し、すぐに全土は制圧されて当時の大統領も駐留していたイギリス軍の元に逃走した。
これによってキプロスは新しい体制になり、ギリシャとの併合も現実になるのでは無いか、と思われていたが、これを許さなかった国がある。そう、キプロスに同じ民族の人々が多数いるトルコだ。
トルコは、ギリシャとキプロスが併合されることによってキプロス内のトルコ系の人々が迫害される事を危惧し、なんとキプロスに軍事侵攻した。そしてトルコ系の多いキプロス北部を制圧し、トルコ系の為の政府を立ち上げさせ、北キプロスを建国したのだ。
この際、北キプロス(トルコ系)を支援するトルコと、キプロス(ギリシャ系)を支援するギリシャは大変戦力格差があり、トルコ軍はキプロス島を全島制圧できる力があったともみられている。しかしトルコは北部で進軍を停止した。この理由に関してトルコ側は「侵攻の目的は飽くまでキプロスに住むトルコ系の支援なので、全土制圧する事が目的ではない」という見解を当時のエジェヴィト首相が発表しているが、それと同時にキプロス南部に駐留しているイギリス軍との接触を避けるためであったという説もある。

その後、1983年の今日(11月15日)に「北キプロス・トルコ共和国」として独立を宣言したが、無理のある侵略から行った独立であった為、実際に国家承認している国は世界の中でトルコのみであるうえ、今もトルコ軍が駐在しており、政府にもトルコの強い影響がある事から実質的な傀儡政権とも言える。
また、この侵攻前には北部にもギリシャ系の人々が在住していたが、この紛争中にほとんどが南部に逃れ、今は北キプロスの人口のうち99%がトルコ系の民族である。

いかがだっただろうか。
今回紹介したキプロスのように、他民族で構成されている国家では民族の対立から国家が分断されてしまうといった事もあり、極めて不安定になりがちという事がわかるだろう。そんな中で日本は人口のほとんどが大和民族であり、国家としてここ2000年ほど、安定してあり続けた。日本に住む私たちはこの恵まれた状況を喜び、今後も守り続けることが国の安定に繋がるのでは無いだろうか。今回はキプロスという遠く離れた国の話で合ったが、このように少し自分達と照らし合わせて考えてみるのも面白いかもしれない。

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テレ P
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